なぜか日韓でしか人気がない名作アニメ「フランダースの犬」まとめ

 

世界には、人間が表現し得る芸術・文化の類は様々ありますが、それらの中でもアニメは本当に優れているようです。なぜなら、簡単に、子供たちのみならず大人たちにも多くの学びを与えてくれるから!

皆さんは、日本人にとって特別な、あまりにも有名な物語 (アニメ) があることをご存知ですか?

 

それは…
 

 

 

 

「フランダースの犬」

「フランダースの犬」の舞台は19世紀のベルギー北部フランドル地方です。現在の地名で言えば、アントワープに隣接するホーボケンが舞台となった村のモデルだ…と考えられています。

イギリスの作家ウィーダ (1839-1908) は、画家になることを夢見る貧しい孤児の男の子についての物語を描き、これはのちに(1975年)、日本でアニメとして製作されることになるのです。

 

オリジナルの本が書かれたのは1871年のことですが、日本で人気になったのはアニメ化されてから…ではなく、そのず〜っと前、作者が亡くなった1908年のことです。

当時ニューヨーク市に住んでいた日本の外交官がニューヨークタイムズ紙の著者の死亡記事を読み、ひどく感銘を受け、友人たちに広め、その後日本でも広く知られるようになっていったのです。

 

 

翻訳された本はその数ヶ月後には日本の本屋に並ぶようになり、結果、「フランダースの犬」は日本で最も有名な児童文学の1つになっていったのです。

この物語は主人公の少年ネロと愛犬パトラッシュを中心に、ベルギーのアントワープ近隣の村ホーボケンを舞台に描かれています。

 

しかし、なぜか日本と韓国だけで人気のある「フランダースの犬」。不思議なことに、この物語の舞台となっているベルギーでの人気はイマイチなのです。・・・う〜む、(悲しいかな) イマイチだったのですが、1980年代になって、アジアからの観光客を喜ばせるために記念碑が建設されました。

 

 

物語は、疑う余地なくとっても魅力的です ♡ 一説によれば、「ネロにハッピーエンドを与えてくださいっ!」という視聴者からの声が多く挙がっていたのだとか。それでも、物語は原作に忠実なまま今日に至っています。
 

 

 

 

ストーリーを簡単に言うと…

意外なことに、「フランダースの犬」は日本と韓国以外ではそれほど人気がなく、1980年代の中頃までは物語の舞台であるベルギーの人でさえその存在をあまり知りませんでした。(漫画ではなく) アニメバージョンに関していえば、2000年のクリスマスイヴまではベルギーの人たちでさえ知らない状態だったのです。

なんてことでしょう…

 

アントワープ市郊外の小さな村 (ホーボケン) を舞台として、物語は主人公ネロを中心に展開されていきます。ネロ少年は幼少期に母親を亡くしたため、貧しい田舎暮らしながらおじいさんの手によって育てられていきます。

親友は、裕福な家の子のアロアと犬のパトラッシュです。

 

ネロはミルク配達でおじいさんを手伝い、それ以外の暇な時にはアロアやパトラッシュと遊び、時にはアントワープにあるチャペルに行き、ルーベンスの絵を見たい…といつも願っていました。

そう、ネロは絵画が大好きだったのです。

 

 

そんなネロは若い画家のための絵画コンテストに参加することを決意。このコンテストに優勝すれば優勝賞金がもらえ、芸術学校に奨学金で行くことができるのです。

そうこうしているうちに、アロアがネロの仕事を手伝っていることを知ったアロアの父は、「もうネロとは会ってはならない!」と厳しく対処します。そんな中、おじいさんが病気で亡くなります。

 

 

さらに悪いことに、風車の火災原因を自分の放火だと疑われたネロは、周囲の大人たちから厳しい仕打ちを受け、そのせいで仕事が減ったことで家賃も払えず、最後の望みだったコンテストの結果を待つわけですが…
 

 

 

 

悲しい結末

結末はとても悲しいものです。何度観ても泣いてしまうほどに熱烈なファンがいるほどです。

(なぜこうもネロにばかり多くの不幸が襲いかかってしまうのか)

 

そんな悲しすぎる「フランダースの犬」を観て、多くの子供たちは「人生ってけっして公平なわけではないんだ」ということを学ぶことになるのです。

 

 

今もなお、多くの日本人観光客がこの物語の影響を受けて、物語のラストシーンであるベルギー (アントワープ) の教会を訪れます。

 

 

そして、ネロが最終的に見ることのできたルーベンスの絵を見た多くの観光客たちは、その目を潤ませているのです。