浅田真央の悔し涙から考える「もしも彼女が男だったら」


 

国民的大スター☆浅田真央さんは、日本フィギュアスケートの人気底上げに大きく貢献してくれました。2014年のソチ冬季オリンピックでは、(世界的にも) Twitter上で他の誰よりも一番注目を集めたアスリートとなったのです。

当時はすでにテレビCMだけでなく、多くのバラエティー番組で人気者だった真央ちゃん。愛犬アエロとのCM共演は日本国民の心を癒してくれました。

 

そんな彼女の影響力はすごく、コカ・コーラ、伊藤ハム、花王、ロッテ、ネッスル、王子製紙、オリンパス、オムロン、佐藤製薬、ユナイテッド航空、ウィーダーなどなど、多くのスポンサーがつくほどだったのです。

2010年のバンクーバー冬季オリンピックの時には、世界中が浅田真央人気にあやかって、ホットドッグ名をJapadogとしてみたり、お寿司名をMao Rollとしてみたり…

 

バンクーバーで銀メダルを獲った後には、浅田真央ひな人形まで作られたのです。

 

 

2013年には、真央ちゃんのショートプログラムの衣装の色から「真央オレンジ」という名前まで生まれました。2014年には、東京・日本橋の高島屋で彼女のコスチュームやメダルなどを展示するイベントが開かれ、大盛況!

 

 

また、テレビ番組「世界!ふしぎ発見!」ではリポーターとしてのデビューも果たしました。

(この時は、フィギュアスケートの起源を探るために、オーストリア、スロバキア、ハンガリーを旅しました)

 

 

2015年には、ラジオのDJとしてデビューを果たし、大ファンだという浜崎あゆみの話をする時にはあどけない表情をする彼女。

 

 

ただ、

2014年のソチ五輪のパフォーマンスの後、彼女は泣いてしまったのです。いったいなぜだったのでしょうか?

 

 

 

体を大きく上下させながらのすすり泣きです。

この時まだ23歳。

 

大きなプレッシャーから解放された安心感からの涙?

メダル獲得に至らなかった不甲斐なさからの涙?

それとも他に理由があったのでしょうか??

 

 

 

 

実は、単刀直入に言うと、その答えは「ストレス」です。彼女には、「ストレス」を感じる理由がはっきりとありました。

オリンピックの組織委員会委員長、森元首相に非難され、亡き母と誓ったメダル獲得への強い想い、一方で、ショートプログラムでつまずいてしまっていたこともあり、彼女には多くのプレッシャーがあったのです。

 

そんな中で良いパフォーマンス (大成功) ができた後でドッと涙が溢れてしまったのでしょう。

 

 

 

スポーツ競技において、アスリートはよく涙を流します。それは、通常では考えられないレベルのストレスを感じているからこそ出てしまう感情の爆発でもあるのです。

 

この時の真央ちゃんもそう。ただ、泣いた後はストレスがぐっと軽減され、解放され、次第に呼吸は普通の状態へと戻っていったのです。

 

泣くことによって強烈なストレスから解放された真央ちゃん。

普段の真央ちゃんは、泣き言はまず言いません。言い訳もしません。自身で立てた目標だけを唯一の拠り所として、ひたすら邁進する。そんなアスリート魂の塊のような人なのです。

 

 

 

浅田真央というユニークなキャラクターは、時に長島茂雄になぞられることもありますが、(彼女の) 魂の部分はおそらく天才・長嶋茂雄ではなく、職人・衣笠祥雄に近いのかもしれません。

彼女がもし男に生まれていたとすれば、きっとフィギュアスケーターではなく、もっと泥臭い競技でものすごく男らしい選手になっていたことでしょう。

 

たまたま女性で、たまたま愛らしい容姿を持っていて、演技スタイルがふんわり可憐なものだから、結果20歳を過ぎても「真央ちゃん」などと可愛らしく呼ばれているだけなのです。

 

 

 

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