ゴシップ

中絶も考えた未婚のシングルマザー安藤美姫

 

2013年4月、世界チャンピオンにも輝いたことのあるフィギュアスケート界の女王・安藤美姫さんは、未婚のまま女の子を出産しました。この時彼女は、「 (翌年の) ソチ・オリンピックに向けて準備しないといけないので、そっとしておいてもらえませんか」とメディアにお願いしたのです。
 

実際、(スキャンダラスなゴシップネタが大好物な) パパラッチたちが 安藤さんの周りにあまりにも多く、日常の買い物さえできないような状態に陥っていたのです。
 
その後、世界レベルの闘いに挑んでいる中、トレーニングの時間とママの時間を (上手く両立させて) こなしていくことは想像以上に大変なことでしたが、愛娘の顔を見ると「よしっ、頑張ろう!」と思えたそうです。

 

 

 

 

安藤美姫のプロフィール ☆

 

・誕生日:1987年12月18日

・出身地:愛知県名古屋市

・身長:162cm

・スケートを始めた年:1995年

・引退:2013年

 

 

 

 

女の子の父親は誰?

 

 

「女の子の父親は誰なんですか?」と質問され、彼女はこう答えています。

「彼や彼の家族にもプライバシーがありますので、そのことについてはお答えできません」と。

 

この時メディアは、「父親は、ちょっと前に引退した27歳のフィギュアスケーターなのでは?」といった憶測を発信していましたが…

一番の有力説は、スケート界の重鎮的存在である年をとった日本人男性のようです。

 

 

 

 

中絶も考えたけれど…

2002年に “女性として世界で初めて4回転ジャンプを跳んだ” 安藤美姫さんは、2012-2013年のシーズン中に自身の妊娠に気づきます。この時、正直中絶することも頭をよぎったそうです。

(だって、スケートは今の私を作ってくれているとっても大切な存在だから)

 

 

「それで、スケートを続けていくためにも中絶すべきかどうかをずっと決めかねていたのです。」

「でも、最終的には、私は (赤ちゃんに) さよならを言うことができなかったのです。」

 

「私は、スケートよりも赤ちゃんの人生を選びました。それは、女性として自然に下した決定だったと思っています。」

4月に出産してから1ヵ月後、彼女はトレーニングを再開します。そして、6月には国内で開催されたアイスショーに現れたのです。

 

 

 

(2014年に開催される) ソチ・オリンピックに出場 (予選通過) するためには、12月の大会でそれなりの成績を収めなければなりません (出場権はたったの3枠)。

現実問題として、12月より前に、10月の大会でそれなりの結果を残さないといけません。

 

ちなみに、2006年のトリノ・オリンピックでは15位、2010年のバンクーバー・オリンピックでは5位。2011年にモスクワで開催された大会では、2度目の世界チャンピオンに輝いています。

 

ちょうどこの頃までコーチをしてくれていたロシアのニコライ・モロゾフとは恋愛関係にありましたが、今は別れています。そして、モロゾフは「赤ちゃんの父親は僕ではない」ときっぱり否定。

その後、出産後の5月の時点では、「父親は27歳の元スケート選手なのでは?」と写真付きで雑誌の載ってしまったのです。どうやらこれも違います。

 

 

 

 

パパラッチから逃れる生活に疲れ…

「私はいつも、パパラッチから逃れるためにマスクかサングラスをして生活していました。」

でもある日、そんな私の生活を変えてくれる人が現れたのです。その男性は私にこう言いました。「なぜあなたは隠れなければならないの?」「なぜあなたは秘密を持たなければならないの?」

 

長年、有名人として暮らしてきた安藤さんは、知らず知らずのうちに敏感で臆病になっていたのかもしれません。

「長い間、私は生きた心地がしませんでした。いつも隠れていなければならなかったし、いつも何かを隠さなければならなかったのです。」 (だから尚更) 本当に、彼の言葉に救われたのです。

 

「あなたは自分自身を変えなければならない。そうしないと、あなたに本当の人生なんてないよ。隠れて暮らすなんて、楽しくもなんともないよ。」

だから私はこう言ったのです。「OK。あなたを信じるわ。」と。

 

 

 

 

もう大会には出たくないという思い…

「現在、私は快適に生活できています。」「ありのままの自分で外出できていますし、ストレスもありません。」「きっとみんなも、私が普通の人だと思ってくれているでしょうね。」

 

 

その後、安藤さんは家族写真として娘 (ひまわりちゃん) の写真を公表しました。するとどうでしょう。それまで隠れるように暮らしていた生活がまるで嘘のように一変したのです。あれほど恐れていたパパラッチが、何も騒ぎ立てなくなったのです。

彼女は長〜いスケートキャリアの中で、多くの浮き沈みを経験してきましたが、2010-11年のシーズンはもっとも充実し記憶に残り続けるものとなるでしょう。

 

シーズン終了後、安藤さんは「しばらくスケートから離れたい」と思っていたようです。

結局彼女は2013年に引退しましたが、実際は、この時すでに燃え尽きてしまっていたのかもしれませんね。

 

 

 

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