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「なぜ相撲は…?」不思議・疑問 Q&A

 

大相撲には (外国人に限らず) 日本人にとっても不思議なことがたくさんあります。聖地「両国」に行けば少しは疑問が晴れるかもしれませんね。近代都市「東京」の中にあって、日本の「伝統」「文化」「歴史」そして「大相撲」を強く感じることができる場所「両国」。

ところであなたは、相撲取りは健康だと思っていますか?確かに彼らは太っていますが、運動はしているし健康管理もしっかり行っています。さらに言えば、あの巨体の中身は筋肉です。脂肪だけでできているわけではありません。でなければ、土俵入りの際に行う (ダンスのような) 四股踏みをあんなにも華麗に行うことはできませんし、取り組みの最中、「心筋梗塞」や「大怪我」などで退場者が続出するはずです。

というわけで今回は、 (相撲に関して) あなたが疑問に思っているであろうことをいくつか紹介したいと思います。是非スッキリしてくださいね!

 

なぜ塩をまくの?

大和・奈良・平安の時代になると、神社のお祭りの中で相撲が行われるようになります。この相撲は、どちらの力士が勝つかによって「豊穣」「豊漁」を占う神事としての相撲でした。そうした側面から、取組みの前に「占いの場=神聖な場所」を浄める「清めの」として、土俵に塩をまく風習が生まれたと言われています。併せて、悪い魂を黙らせるために四股を踏み、体を清めるために少しずつ水を飲んだりするのです。

 

 

相撲の起源は?

相撲は人間の闘争本能である「力比べ」や「取っ組み合い」から発生した伝統あるスポーツの一つです (これに似たスポーツは古来から世界各地に存在しています)。我が国の「相撲」の起源としては、古事記(712年)や日本書紀(720年)の中にある力くらべの神話や、宿禰 (すくね)・蹶速 (けはや) の天覧勝負の伝説があげられます。おそらくその頃から (あるいはもっと前の時代から) 相撲は農作物の収穫を占う祭りの儀式として毎年行われていたのです。

 

 

相撲取りの寿命は?

大相撲の歴史上、最高位である横綱は初代の明石志賀之助から72代の稀勢の里まで、72人しか存在していません。中でも大相撲の横綱として一世を風靡した輪島、北の湖、千代の富士…。それぞれの時代を彩った大横綱たちは次々とこの世を去っています (輪島は70歳、北の湖は62歳、千代の富士は61歳)。他の力士たちも概ね長生きはしていません。ざっくり考えると、相撲取りの平均寿命は60~65歳くらいではないでしょうか。これは、命をかけて闘ってきた男たちの宿命なのかもしれませんね。

 

 

昔は普通に細かった力士たち

他のスポーツ同様、相撲取りたちも時代の流れとともに少しずつ体が大きくなってきました。相撲の場合はその特性からより太っていったのです。柔道やレスリング、ボクシングのように体重別の階級があるわけではないので、どうしても体が大きい (体重が重い) 方が有利なのです。それゆえ、トップ (横綱) を目指す者たちはみな、太っていかざるを得ません。昔は痩せていた力士も多かったんですけどねー。

 

 

なぜ浴衣を着ているの?

相撲は国技であり伝統を重んじるという観点から、服装についても古式に則るという慣習が良しとされています。ちょんまげもそうですが、相撲界では機能優先ではなく様式美が尊ばれています。細かい例を挙げればキリがありませんが、とにかく力士たちは様々な規制に縛られた生活を送っているのです。

 

 

ヤクザと相撲の関係は?

相撲部屋は、親方が組長、兄弟子が兄貴、親方の奥さんが姐さんで、部屋済みの若い衆たちがほかの部屋(組)に負けないように体を鍛えながら炊事・洗濯・親分の身の回りの世話をするというタテ社会です。ヤクザの世界と似ています。日本の伝統歌謡である演歌もそうですが、ヤクザは「伝統」的なものが大好きです。なので少し前までは相撲とヤクザの間には親密な関係が成立していました。そもそも大相撲は国技というよりは興行なのです。演歌同様、興行 (ビジネス・金儲け) にヤクザは付き物。そんな裏社会とは無縁に思えるクラシック音楽の事務所でさえ、ヤクザの親分とつながっていたりします。そう考えると、演歌&大相撲の世界にヤクザが絡んでいないわけないですよね。

 

 

なぜファンは座布団を投げるの?

座布団の舞 (ざぶとんのまい) は、大相撲の取組において横綱が格下の力士に負けた時などに観客が土俵に向かって自らの座布団を投げる行為のこと。 以前は平幕力士が横綱に勝って金星となった場合のみに行われていましたが、近年では三役級 (小結、関脇、大関) の力士が横綱を破った時であっても投げられるようになっています。そんな「座布団投げ」の歴史は明治時代に遡ります。当時の大相撲では、ひいきの力士にご祝儀の意味で羽織や帽子を投げ、力士がそのごひいきに返却がてらご挨拶に行くことによってご祝儀がもらえるという習慣がありました。こうした習慣は、ご祝儀を投げるという意味で「投げ花」と呼ばれていました。しかしこの投げ花は、両国国技館が完成したのをきっかけに禁止になります。そこで「懸賞金」という形に変わったのです。ただ、土俵に褒美を投げ入れるという習慣は「座布団を投げる」という形で今も暗黙の了解のように残っているのです。

 

 

女性は相撲を取れないの?

大相撲の世界では、(清浄・神聖さが保てないといった理由で) 女性が土俵入りすることを固く禁じています。しかしながら神社によっては女性の相撲取りが認められていたりもします。もっとも、「大相撲」の世界においてはやはり「女性はダメ」 。。。それでも、ある文献によれば初期の頃から女性による相撲も行われていたようです。江戸時代中期には(裸による) 女相撲が流行していたという記録もあります。ただし、美人が少なくてすぐに飽きられたため、男性盲人との取り組みを始めて評判になったとされています。その後、明治期になると男女の取り組みや女力士の裸体は禁止されました。その頃、シャツや水着が使われることもあったそうです。結局のところ、昭和30年代後半まで女相撲の興行は残っていたそうです。

 

 

外国人力士はなぜ強い?

なぜ日本の国技「大相撲」の世界で、外国人力士がこんなにも強いのでしょうか。外国人力士は約6%ほどしか存在していないにも関わらず。その理由の一つは、近年その強さが際立っているモンゴル出身の力士たちが親孝行だからです。「日本で頑張って稼ごう」と考え、大相撲の世界に参入してくるのです。ちなみにモンゴル人の平均年収は約5万円。彼らは日本人以上にハングリー精神を持っています。モンゴル以外の外国人力士たちにとっても、母国での暮らしはけっして裕福なものではありません。

 

 

まとめ

相撲の魅力は「無差別級」と「伝統」「パワー」に集約されています。土俵に上がる力士たちはその鍛え抜いた身体で命をかけて闘っているのです。近頃は女性や外国人の大相撲ファンが増えてきています。そのため、平日にも関わらず満員御礼になることが多くなりました。

魅力的な力士が増えてきたのかもしれませんね。あるいは、日本らしい「伝統」「歴史」「文化」に惹かれる人たちが増えてきたのかもしれません。小兵力士ながら、様々な技を駆使して大きな力士を打ち負かす姿は見ていて興奮します。その一方で、大柄な力士たちの力相撲も素晴らしい!

皆さんも、一度くらいは本物の大相撲を生で観戦してみてはいかがでしょうか。

 

 

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